先日、父親になられたばかりのDJ氏に連れられ病院へと出かけた日のこと。お子様をその胸に抱く母親の母性と優しく見守るDJ氏のまなざしを見ながら、一緒に遊んでいた友人がこうして年齢を重ね、共に自分もオトナになっていくのだなぁと感じた。
その後、場所を移して少し早い夕食をとりながら、子供は自分の環境から学ぶことが大きいのでDJ氏の多趣味な(というか深い)環境に常日頃接していると、どう育つのだろう楽しみだねなんて事を、話しているところで、趣味の話になった。
趣味は何だ?という話に……。
私の趣味は何だ?
読書って言うほど、本を読んでいない。買うときにまとめて数冊買って読んだり、二晩で十数巻読みふけってみるとか年に数回あるくらいで、読んでない。何を読んだといわれても答えられないし。
音楽鑑賞っていうほど、聞いていない。通勤時間に車内で聞くくらいはあるけれど、音の粒立ちごとに聞いてその重なりを楽しむとか、ゆっくりと音楽を聴く時間を最近めったに取れていない。聞き出せばドップリはまるだろうけれども、そういや新しい音源を捜したり、最近CDすら購入していない。手持ちのCDを繰り返しipodかポータブルCDで聞くばかり。
楽器演奏というほど、何か一つの楽器を演奏できるわけでもない。嫁との唯一の接点であるピアノも、最近はほとんど演奏していない。歌本をみて、適当にコードの流れに身を任せるくらいだ。
そういやオヤヂから、嫁の前で機材マニアなんじゃないかなんていわれた事があったが、機材マニアといわれるほど新製品情報を追いかけるわけでもないし、キーボードマガジンとかSRマガジンとか定期的に読んでいたのは10年近く前の話になる。というか金が続かないので無理な物欲はカラダに悪い。
写真・カメラというほど、撮影枚数も機材も心もとない。本来ひきこもりがちで外に撮影に行くのも億劫だ。むしろ最近は嫁のほうが写真を撮影している気がする。
プラモデルも思いついたように塗装して組み立てたりしたもののいつのまにか組立て途中で数年経過している。
電子工作をしようとしても、エフェクターを分解したり、回路図を探したりしたところで止まっている。
パソコンに詳しいように思われて質問される事が未だにあるけれど、仕事などの必要に迫られて調べた結果だったりして、余暇の時間にまでパソコンを弄ろうとは思わない。実際、自宅でパソコンを弄るというのは数年前に自宅の環境が調子悪くなって以来、億劫になってしまっている。使えればいいんじゃない?みたいな。
嫁が言うには広く浅くって事だが、自分で振り返るとなんか中途半端っていうか、継続してる興味が殆どない……。
継続している趣味ってあるのか?
いやその前に、趣味ってなんだ?
■
趣味とは→
http://www.google.com/search?hl=ja&lr=lang_ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=%E8%B6%A3%E5%91%B3%E3%81%A8%E3%81%AF&num=50
今、この瞬間、何かを理解した。
そう、『趣味とは』という単語で検索した瞬間。
何か疑問に思ったこと、ふと脳裏をよぎった単語、それを調べようとする事。
知りたいという欲求が満たされる事。ここで大方の欲求が満たされているのかもしれない。
(S.D.C君には、その興味の方向がマニアックで予想できないと言われたが本人にそんな属性はないと思っている。
そういえば、小学生の時分から調べるという行為が大好きだった。本を読むのが好きだった。
百科事典から、新聞、タウンページまで。果ては、チラシを集めたりもした。(切抜きでチラシの再構成なんていうサンプリング&コラージュなんて事をしてみたり。
そしてインターネットにアクセスできる環境により、様々な情報に触れるチャンスを得る事となった。
新年の抱負で、今年(来年)こそは『趣味を作る』なんて、ここ数年毎回のように言っては白い目で見られているけれども、もうそんな必要は無い。
趣味は?って聞かれたら、こう答えよう。
「いろんなものを調べることかな。その時々で何に興味があるかは変わるけど。」
……。
通常は、何を見たり聞いたりすることに楽しみを感じるか?というより具体的な部分を趣味と呼ぶような気もするのだけれども、なんだか面倒くさくなってきたのでこれはこれでアリのような気がしてきた。随分乱暴な気がするけれど。
どうみてもミーハーです。ありがとうございました。
■ミーハーとは→http://www.google.com/search?hl=ja&lr=lang_ja&ie=UTF-8&oe=UTF-8&q=%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%81%AF&num=50